街を歩いていると、ラーメン屋さんの力強い看板が特に目に入る。
もはや国民食と言ってもいいラーメンではあるが、このラーメン業界にはなぜか他の外食産業にない「成り上がってやるぜ!」というバイタリティをヒシヒシと感じるのだ。そうしたハングリーさが看板にも表れているようではないか。
そんなわけで、東京に数ある“ラーメン激戦区”の一つ、池袋で、ラーメン屋さんの看板を観察してみるのだ。
ラーメンといっても醤油、味噌、塩、豚骨系、魚介系他々さまざまな種類があり、推したい要素や魅せたいお店の方向性も千差万別である。
だからこそ店構えの“顔”である看板でまずは差別化を図りたい。
技あり、サブリミナル八角形
飛び出た筆書き風のチャンネル文字、突き出した袖看板、ファサードの面積を大きく占めるウインドウ装飾、のぼり・立て看板とスタンダードながら手堅い構成の店構え。
アピールポイントであろう「ローストビーフ」が壁からはみ出るほど強く主張しており、まずはそこに目が行くが、巧みなのがさらにさりげなく店のロゴマークである角の生えた八角形の意匠を畳みかけるように織り込んでくるトコロだ。
あえて主張する文字を変えてくる点も心憎い……と思ってしまうのははたして私だけか。
シックと派手の二刀流
なにしろラーメン激戦区。息継ぎをしないでラーメン屋さんのハシゴができるほどだ。とうぜん同じコンセプト、同じ店名のラーメン屋が隣接することも……。
と思いきや、ここにはラーメン屋は一軒しかない。落ち着いた店構えと同じ血を分けたとは思えない派手な黄色の看板が、少し距離を置いて共生する不思議な光景である。
店の雰囲気を演出する看板と、視認性に特化したキャッチーな看板2種類を使い分けているのだろうか。
視認性のつばぜり合い
人通りの多い道から一歩入った狭めの道の看板。通行人が路地入口を通り過ぎる一瞬でいかに目を引くか、真剣での立ち合いにも似た刹那の勝負がそこにはある。
赤と黄色の暴力的なまでの視認性に真っ向勝負を挑んで一歩も引かないその姿、奇をてらわない木目調のベースにシンプルかつ荒々しい筆文字の看板は、さながら野武士のようである。
共存協栄
ラーメン業界に負けず劣らず熱気を感じる居酒屋業界。当然看板にもその熱気が表れている。池袋絵西口前では一際目立つ一角にたたずむ居酒屋&ラーメン屋の合体店舗…
視認性に限って言えば海鮮居酒屋の負担が大きくはないだろうか?
一瞬そんな疑問が浮かぶが、2階の店舗の方が遠くから見える上に、1階の店舗まで過剰な演出をしては目にも煩くてたまらないはずだ。これは得意分野を分かり合った上で役割を分担した高度な戦略なのだ。たぶん。
海鮮居酒屋で一杯呑んだ後は、豚骨ラーメンで締めという食い合わせ的にもよくできた布陣である。
木彫看板で醸し出す名店感
木目調の看板や、筆文字風の切り文字看板は定番だが、本物の木彫看板はやはり激戦区といえども少ない。いや、入れ替わりの激しい激戦区だからこそ少ないのかも知れない。
数多くの看板が文字通り軒を連ねるラーメン激戦区において、“本物”の木彫看板の風格はやはり別格と言えよう。
あまりにストイックなたたずまいは視認性という点では弱いかもしれないが、逆に「見つけにくい」ことが隠れ家的なブランドにもなるのだ。
本物志向の看板はそんな説得力さえ感じさせる。
ラーメン屋といえば
古き良きラーメン屋、といえばオーニングの看板ではないだろうか。黄色と黒という悪目立ちさえする色の組み合わせでありながら、嫌みな感じもなく街並みに溶け込んでいるのは、トラディショナルな店構えと無関係ではないだろう。
足元に年季の入った武骨な立て看板も赴き深い。
もはやアミューズメント
看板は目立ってこそ。立体的に突き出た造形は問答無用で目を引く。実際に店内でも使っているであろう中華鍋を張り付けた看板である。
「お店で手作りです」という説得力を感じさせるだけでなく、ある種の遊び心、アミューズメント感まで感じさせる看板である。
ここだけ見ても行列がうなづけるというものだ。
かくあるべし? ラーメン看板界の不文律
さてここで趣向を変えてラーメン屋をずらりと並べてみる。
こうしてラーメン屋の看板を集めていると、ある共通点に気づかないだろうか?
壁にかかった看板をスポットライトで照らす形式の看板が非常に多いのだ。業界の不文律があるのだろうか?
これは今後も追い続けていきたい謎だ。
オンリーワンにならなくてもいい
SF映画の古典的名作「ブレードランナー」の雰囲気がそこはかとなく漂うサイバーなネオン文字、時代を感じさせるカマボコ型の金属製のようなチャンネル文字、堂々とした力強い筆使いと金色の切り文字。
個人店に掲げられた一点ものの粋を凝らした特注の看板の良さと同時に、チェーン店の看板にもまた良さがある。チェーン店の看板は多店舗展開だからこそ、一目で「あの店だ」と記憶に残る個性が求められる。店名を思い出せなくても看板の雰囲気を記憶に残るものである。見知らぬ街で偶然再会した見知った看板に安心感を覚えた経験はないだろうか?
看板・サインの情報サイトでの連載ということで、まずは目立つ看板を蒐集してみようと安易な考えではじめてみたが、意外とラーメン屋の看板は風景に溶け込んでいる。
赤や黄色、金色の看板たちは、さながらドレスコード、繁華街という立地にふさわしいTPOを守っているようだ。
歩いてみなければわからないこともある。そんな平凡な教訓を結論に据えてこの連載を続けていきたい。