ソフトサイネージが日本で普及しにくいワケ

今回からは、読者より寄せられた質問に私の考えをお伝えしていくので、皆さんも業界の疑問などを本誌編集部まで投げかけてもらえればと思う。初回は「ソフトサイネージが日本で普及しにくいワケ」という質問に対し、私見をまとめてみたい。

まず、ソフトサイネージ市場は、あまりにも広義にわたるため、ここではターポリンやFFシート、壁紙などは除く。今回は、テンションファブリックを含めた一般的な布類、ひいては環境配慮型素材による屋内外の広告物に触れる。

ソフトサイネージは欧州を筆頭に、海外での普及が10年以上前から著しく進む。しかし、日本では目に見えて増えているとは現在も決して言えない。その理由は、仕事のやり方の違いによるところが大きいと私は考えている。以前から、欧州では看板製作の分業が顕著だ。仕事を受注するのは印刷会社で、そこに国内外の案件が集約するため、1カ所で効率良くソフトサイネージを大量生産できる。これらの出力物は、そのまま縫製加工会社に移され、設置する前の後加工処理が行われる。その後、取り付けるだけの状態になった完成品が看板屋に届き、現場へ設置される。

このように、海外では印刷会社が仕事を取るため、いかに素早く大量生産できるかが重要になる。その規模は数十万㎡におよぶ出力案件も多く抱える。必然的に、従来の重くて硬い看板では、自社工場から世界中の現場まで運送するコスト、途中で破損するリスクは弊害でしかない。このような前提から、ソフトサイネージへの置き換えが一気に進んだ。さらに、顧客の環境配慮への厳しい要望により、ターポリンからポリエステルへ、溶剤からUV、さらには昇華転写への代替も早く浸透していった。

 一方日本は逆で、設置まで請け負う看板屋が仕事を取り、限定された地域のみのサインを製作・施工する形態が圧倒的に多い。このため、ソフトサイネージに取り組むにも、高額な昇華転写を導入した後の採算が取りにくい。現状、昇華転写を保有する工場は、都市部などの大規模出力センターに限定される。そのような拠点で大量生産し、地域の看板屋に回しても、取り扱った経験がないから設置できないといったケースも生まれている。このソフトサイネージが広がりにくい構造上の問題は、今後も変わらないことだろう。それと冗談ではなく、「平らなものは平らに仕上げる」という日本人の感性から、ソフトサイネージを掲出した際の“歪み”が根本的に受け入れられない面もあるのだ。

とはいえ、顧客の看板に対する意識がコスト重視から、「環境と安全」へと向き始めている現状もある。平たく言うと、“重くて硬いものより、軽くて柔らかいもの”が求められているのだ。撤去後も、今まで通りに埋め立てるのではなく、回収してサーマル、マテリアルリサイクルできるのが判断基準に浮上している。既存の金属やアルミ複合板の上に塩ビシートを貼るのを嫌う顧客が徐々に増えているなか、川上からのソフトサイネージの需要拡大は期待を持てる。

他方、プリンターメーカーは現在軒並み、Tシャツやタオルといったアパレル向けのIJPを続々と発売。今後、DTF/DTGプリンターなどを導入し始めているアパレル業者や、オフセットの頭打ちにより大型昇華転写を新設したような印刷業者が、サイン業界に着目する可能性は低くない。そうなると前述した構造上の問題は一気に取り外される。看板屋とは規模の全く異なるアパレル業者がIJPに慣れ、ソフトサイネージを大量生産できるようになり、その顧客ニーズも一致した時に業界の縮図は大変してしまうのではないか。

 私は、現時点での断言は控えるものの、爆発的にソフトサイネージが急拡大する可能性は決して低くないと考えている。既存看板を仮にハードサイネージと位置付けると、現在の市場はハードとソフトの中間にある製品が増えているように思う。5年ほど前から、ソフトサイネージほど掲出時に歪まず、丸めて運べ、軽くしなやかな、リサイクルもできる商品がさまざまなメーカーから発売されている。各社、どっちに転ぶか見極めている状況にあるのではないか。

結びに、再生ポリエステルの実情に触れる。グローバルの視点で見れば素晴らしい取り組みだと思う一方で、日本に焦点を当てると疑問が残る。海外のペットボトルを再生したソフトサイネージを日本で使用し、リサイクルしないで処分するのは、国内にゴミを持ち込んでいると考えられないだろうか? その使用後に再リサイクルもせず、単純に1/3のコストで済む海外のゴミを再生商材と謳うのは違う。国内に流通する9割以上は、海外のゴミでつくられた再生ポリエステルなのだ。

    文・髙木 蓮
    20年以上にわたり、サイン業界に身を置き、資機材メーカーのトップセールスマンとして活躍。日本を代表する製造業大手からの信頼も厚く、その人脈と知見をもとに、さまざまな新商品の開発にも携わる。

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