今回は、とある会食で話題になったテーマが興味深かったので、その内容を紹介したい。ふと私から切り出した「今と昔の看板の違いって何だろう?」という話をここでは掘り下げていく。このテーマは、私たちの原点回帰につながるし、ぜひ読者の皆さんにも伝えたいと思ったので、早速書き始めていきたい。
本来、看板製作業は絵を描くのが好きだったり、それを得意とする人の仕事で、芸術色の濃い職業だった。昭和初期、映画看板の普及に伴い、看板の担う役割が屋号を示すだけでなく、広告色も求められるようになり、それにつれてより自分たちの技術を見せたり、新しいものに挑戦していく文化も培われてきた。このため、世間一般ではほとんど浸透していない2003年前後からLEDの採用も積極的に進んだ。もっと遡れば、1990年代には耐候性が低い水性顔料での屋外掲出にも果敢にチャレンジ。溶剤の最初期では、インクの乗るメディアを試行錯誤しながら探すなど、どの業種よりも新しいものに勇んで挑戦するのがサイン業界だったし、そこが明確な強みでもあったと思う。
それなのに現代では、会社を守るのが最優先に陥っている。企業である以上は、その考えも大切なのは重々承知の上で話すが、「会社に被害を出さない」「クレームにならないようにする」、こう捉われてしまっては決まり切ったサインや画一的な看板ばかりになる。これが今のサイン業界の主流になってしまってはいないだろうか。そして、新しいものが出てきても大抵2、3年は様子を見がちで、動き出しも遅れ、先行利益を獲得できない現状にある。
もちろん、一部の企業による価格破壊やデフレで、どんどん利益が取りにくくなっている時代背景は察する。昔ならば60%以上だった粗利が、今では25%取れれば良い方だと思う。これでは、一発大きなクレームが起きたら立ち行かなくなる。そして、チャレンジ精神も徐々に失われてきてしまった。でもこのままで良いのだろうか。利益が出てきたから、新しいものもできるという考えでは、残念ながらずっと待っているだけになる。他社が取り組んでいないものに挑戦するからこそ、先行利益も得られ、そういった行動から良い循環を生んでいくのだ。
例えば、1万円で受注した看板があったとしよう。この場合、今は材料費や人件費をいかに安くしようかが考えの中心になっている。そうではなく、どうしたら1万5,000円で売れるかと考えていければ、もっとアイデアも出てくるし、やりたいこともやれるようになる。プロとして当然、お客さんの要望に合わせて安くつくる必要はあるものの、お客さんがアッとびっくりしてくれる看板づくりにトライしても良いのではないか。そもそも社名以外の看板とは、インパクトを持たせて多くの人に見てもらい、その商品をいかにたくさん売れるかが重要だ。このように、顧客の売り上げアップに貢献すべく、新しいものへと挑戦するなかで、必然的に看板の価値も高まっていく。それが芸術や文化を生み出す看板製作業の本来の姿ではないか。
新しい技術と言えば20年前、溶剤プリンターの最初期に「画素数が小さいほどクッキリと出る」という風潮から、それこそ12dpiぐらいの粗い方が好まれていた。実際、真っ赤なベースに黒や黄の文字などは、遠くから見る分には粗い方がきれいに見えたのも事実。そんな話をつい最近、今度はLEDビジョンで聞いたのでびっくりした。ピッチが細かいほどボケてしまうから粗い方が良いと……。20年振りに聞いたフレーズに驚きつつ、新しいものを否定したいのか、古いものを肯定したいのか、それとも商品に対するこだわりなのか、興味深く思った。
文・髙木 蓮
20年以上にわたり、サイン業界に身を置き、資機材メーカーのトップセールスマンとして活躍。日本を代表する製造業大手からの信頼も厚く、その人脈と知見をもとに、さまざまな新商品の開発にも携わる。