【まちブラ看板散策】東京駅八重洲口編〜高層ビル街の一角に並ぶ個性派看板〜

春爛漫。4月と言えば新生活の季節。

春から上京して新しい生活を始める新入生、新社会人も多いのではないか。

東京の入り口と言えば上野、品川といくつかあるが、やはり本命は首都東京の名前を冠する「東京駅」だろう。

そんなわけで今回の街ブラは東京駅の東側、八重洲口周辺だ。

前回のまちブラ『早稲田・学生街編』はこちらから


東京駅では東側の日本橋方面出口を「八重洲口」、西側の皇居方面出口を「丸の内口」と称することから、駅東側一帯は「八重洲」、西側一帯は「丸の内」と呼ばれる。

八重洲の地名は、江戸時代にここに住んでいたオランダ人漂流者、ヤン・ヨーステン氏に由来するとかなんとか。徳川家康の国際情勢顧問や通訳として活躍した人物らしい。最後には地名に名前を残すとは、波乱万丈の人生である。

おしゃれな丸の内とは立地もイメージも反対の八重洲口。しかし小綺麗な再開発区域より、多少ゴチャゴチャした“生きた”街の方が看板も生き生きしているものだ。さっそく市井の生看板たちを見に行こう。

社名プレート空中浮揚

透明アクリルプレートに社名やロゴを印字して空中に浮いているようにみせる演出は、オフィスの受付や企業のロビーではよく見かける。

こういった素材や演出を、軒下とは言え屋外でするにはちょっと勇気がいるだろう。英断を自身の裁量で決行できる個人店舗ならではの看板だ。

「だまし絵」で有名なオランダの版画家・マウリッツ・エッシャーが好んで使った構図にも共通する模様の壁面装飾とのコントラストも美しい。

この品揃えが看板

ワインセラーを模したデザインの板張り看板は、バルの品揃えの良さを見る人に連想させるだろう。煉瓦造り風の壁面装飾や、小道具として置かれたアンティークな樽も雰囲気を出している。

店構えから客を非日常の世界へ誘導する演出型の店舗デザインである。飴色の照明で包まれた夕方以降の雰囲気は特に見ごたえがある。

ところでこちらの店名は「八重洲バル ヴェルデ」。「バル・ベルデ」といえば「プレデター」、「コマンドー」、「ダイハード2」などのハリウッド映画に登場する架空の中南米国家の名前ではないか。オーナーは映画好きと見たが、どうか?

今や “これ” が酒のアイコン

対してこちらの店舗に掲げられたアイコンは、業務用のステンレスビール樽。

なるほど確かに今や酒の容器といえばコレである。

普段は目立たないよう足元に置かれている物体が頭上に高々と掲げられていれば、見慣れないギャップについギョッとなる。最初は何やらわからないが、それの訴えるものが何かと気づけばつい笑ってしまうユーモラスなサインである。

ここを使います

雑居ビルの2階以上に店を構える店舗の悩みといえば、視認性の低さである。大掛かりな看板を取り付けるもの一苦労だが、袖看板だけでは心もとない。さてどうしたものか?

こちらのビル最上階の店舗では、窓にシートを貼った上にスポットライトを取り付けて簡易の看板としている。大規模な工事は不要だろうし、これはいいアイディアではないだろうか。

こういう“ありもの”で上手いことやり繰りしている店舗デザインは、個人的には大好物だ。

升目にマスを

寄木細工のような看板が目を引くこちらの店舗。近づいてみれば、「升」である。いわゆる店の商品を看板に掲げているタイプだ。

近くごとに遠目に見た時とは別の意味が浮かび上がってくるデザインである。店舗を発見してから入店するまでに間に一つサプライズがあるわけだ。

マス目に敷き詰めたマスのグリッド模様に埋もれてしまわないよう、チャンネル文字の下に一本ネオンを引いてアクセントとする「一味」も効いている。

ズボラなリニューアル

天才とは1パーセントのヒラメキとはよく言ったもの。物干し竿のようにパイプを渡して横断幕で既設の看板を覆ってしまえばリニューアルは完了だ。

こういった形にとらわれない天衣無縫な看板との出会いはまさに市井の看板観察の醍醐味。チェーン店ではこうはいくまい。

実際、夕やみの中で店舗の淡い光に照らされた横断幕は、凹凸が複雑な陰影を生み出し得もいえぬ幻想的な趣きがある。

二重のキラメキ

店名はチャイコフスキーの名曲、白鳥の湖。モザイクタイルのきらめきが水面を、象嵌文字の丸いシルエットが湖面の波紋を表現しているのか。

モザイクタイルに落ちる象嵌文字の影は、本当に水面を覗き込んでいるような気分にさせてくれる。

では白鳥はどこにいるのか? 見上げればスポットライト式照明のアームが官能的な黒鳥の首筋を表している……という解釈は穿ち過ぎか。

直訳エリート?

つい笑ってしまいそうになる店名だが、とりあえず話を聞いてほしい。

「Superdry極度乾燥(しなさい)」はイギリス発のファッションブランド。2003年にジュリアン・ダンカートン氏とジェームス・ホルダー氏によって立ち上げられ、ロンドンを中心に約100店舗を展開する超人気ブランドなのだ! なぜそんな世界的有名ブランドの知名度が我が国ではゼロに近いのかといえば、商標の関係である。ブランド名そのものが日本ではおおっぴらに販売できないという宿命を背負っているのだ。

店舗デザインとしては特筆することもない店構えだが、出自や背景を知れば一見以上の面白さが湧いてくる。これも看板観察の楽しみである。

……気になるのは、店名が(すこし)違うトコロ。ひょっとして……?

力技テクノロジー

フレームレスのソリッドな導光板にアクリル切り文字を貼り付けたスマートな店名サイン。

……かと思いきや。

導光板ではなく、立てたアクリル板の後ろからLEDモジュールで光を照射するという力技である。しかもスポットライト型のLEDというわけでもなく、設置方法に特別な工夫があるというわけでもなく、モジュールを剥き出しでポンッと直置き!

これで綺麗に光って見えるのだから驚きである。いやさ、看板は凄い技術が使われていればいいというものではない。結果が全てのシビアな世界なのだ。

帆を張れ

帆のような素材の看板は、シーフードバルの属性を強く主張する。

形状や色、電飾や演出など看板の魅せ方は千差万別だが、ここでは素材を一工夫することでシンプルかつ上品に店構えに花を添えている。

看板のイメージは風に膨らむ帆船か、あるいは海の家のテントだろうか。いずれにしても店舗の雰囲気を盛り立てるのに一役以上を買っている。

SNS時代のアイコン感

「九」の店名にあやかってか、9つのアイコンがぽちぽちと並べられた看板。SNSアプリの投稿ボタンのようで、いかにも時流を反映している風だ。

木目の枠に白地のバック、黒文字とやや地味な彩りの看板にカラフルなアイコンがアクセントとなっており、「ちゃい」と「九炉」のフォントデザインのわんぱくなコントラストと相まってリズム感さえ感じられる。

ただ、どうにも一貫性がないようにも思える。如何なる基準でチョイスされた言葉なのか聞きたいところだ。

板張りの労り

看板の知られざる仕事の一つにリフォームがある。看板を掛け替えるだけで建物の雰囲気はガラリと変わるものだが、建物全面を覆うようなデザインの看板を取り付ければこの通り。

しかし、おそらくもはや法的には「看板」ではあるまい。

色の異なる板が並ぶことで生み出される濃淡は、水墨画の竹林を連想させる。そう思えば固定するためのビスも竹の節のように見えてくる。

計算か、天然か。製作者の意図に思いを馳せるのも楽しみだ。


名実ともに東京の中心地である八重洲だが、丸の内とは随分と雰囲気が違う。ゴチャゴチャとした飲み屋が連なる通りは、高層ビルに囲まれたエアポケットのようだ。

完全に余談となるが、2016年公開の映画「シン・ゴジラ」のクライマックスシーンで、ゴジラに雨あられと降り注いだ高層ビル群の一つは2018年当時まだ完成しておらず、八重洲の建設予定地には工事現場の仮囲いがあるだけだ。

この仮囲いには歴代ゴジラ映画のポスターやコラムなどが印刷・展示されている。

「ゴジラギャラリー」は来年2月頃まで展示されているので、上京の際には足を伸ばしてみてはいかがだろうか。歴代ゴジラ全29作品のポスターが並ぶ年表やフォトスポットは大変見ごたえがある。

閑話休題。次回は初夏の陽気に相応しい繁華街の看板を観察してみようと思う。

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