アフターコロナ、破

前回は、ワクチンが普及し、アフターコロナさえ迎えれば、元の生活に戻るだろうという考えは、非常に高いリスクを伴うと述べた。働き方改革の一環であるリモートワークをはじめ、ECサイトを活用したネットショッピングや、スマホの地図アプリで移動する習慣などは、すでに定着した。これらの変化は、コロナ禍が生んだのではなく、以前から加速しつつあったものばかり。つまり、そのスピードを強制的に上げただけで、アフターコロナを迎えても後退する可能性は低いという理由からだ。

今回は、業界におけるアフターコロナについて私見を述べてみたい。最初に、エアフリー素材の塩ビ粘着を例に挙げよう。易施工メディアは2010年頃から普及がはじまり、その広がりは勢いを年々増していった。コロナ禍の現在では、素人が貼り施工できるようなメディアも登場し、さらに需要を伸ばしている。とはいえ、その要因は施主が人と人との接触による感染リスクを嫌い、職人を呼びたくないというコロナ起因の理由だけでは当然ない。

コロナ云々ではなく、もともとプロの仕事であっても短時間でコストを抑えて施工していく流れは、クライアント側のニーズとして潜在的に広がっていた。すでに長い時間をかけて丁寧に、という時代では無くなりつつあり、その考えがコロナ禍で一気に加速しただけなのだ。

もちろん、時間をかけて丁寧に施工する職人仕事が、完全に無くなるわけではない。しかし、一度定着した新しいビジネス手法が、短期間で市場から消えることはない。一方で、その新たなマーケットニーズによって、縮小傾向に陥った既存ビジネスが復調するケースは残念ながら極めて少ない。分かりやすい例だと、音楽業界におけるCDの縮小傾向とダウンロードコンテンツの定着化が挙げられる。このため、今何もしないのはリスクだと繰り返している。材料を変えたり、作り方を変えたり、または他社にはまねのできない技術を磨く必要があるのではないか。現在を時代の転換期と捉え、さまざまなことにチャレンジしていく姿勢が非常に問われている。

次に、ソーシャルディスタンスサインによって、存在感を大きく増したフロアサイン。コロナ禍後には、微々たる市場に戻るという考えは違うように思う。なぜなら、あらゆる生活空間が広告媒体化されている現在、床面だけは媒体として定着するに至っておらず、まだまだ伸びしろを持っていると感じるからだ。「距離を空けましょう」という表記は無くなっても、床面をサインとして活用する市場が一般的にも認知されはじめているのに、そこへ注力をしていかない手はない。

そして、抗菌・抗ウイルス加工のIJメディア。電化製品や日用品などの抗菌加工は、10年以上前から当たり前のものだった。壁紙も抗菌加工を施しているにも関わらず、その上に貼るメディアだけが非抗菌なのは疑問を抱かないだろうか。コロナ禍を契機に、この潜在的な課題は掘り起こされていく可能性が高いように思う。つまり、抗菌加工が標準となっても何ら不思議ではないのだ。

以上の例を示した上で、これまでの業界の変遷からアフターコロナを考察したい。今から20年前におけるインクジェットの世界は、水性顔料と合成紙だったのを思い出してほしい。それが、溶剤の台頭に伴い水性顔料は使われなくなり、気づけば合成紙は塩ビ系のメディアに主役の座を取って代わられた。となれば、今から10年後には、いつの間にかIJPの表舞台は屋外から屋内に移り、抗菌メディアが主流になっている、と予測されても私は否定できない。

そもそも、カッティングプロッターやIJPの導入判断も、20年以上前は写研やモリサワの書体が使えないから不要という人は山ほどいた。今では、そんな太い書体はほとんどの看板に求められておらず、細いスタイリッシュなフォントが主流だ。当時の職人が、そのまま現在の業界にタイムスリップしたら、とんでもない世界としか思えないだろう。

私は次の点を強調したいのだ。「今だけ辛抱すればなんとかなる」と考える方に、それが本当に将来性のある選択なのか、今一度しっかりと現状を見つめてほしい。繰り返すが、コロナ禍での変化のほとんどは、以前からニーズのあったものが一気に前倒しで訪れているだけだ。アフターコロナを迎えれば、これまでの反動によって一部は元に戻るのかもしれない。しかし、大半の変化は元に戻るどころか、さらに進化を続けていくであろう。業界も、今はいち早く変わらなくてはならない時代の転換期にある。その重要性を再認識してほしい。つまり、コロナ禍の現象とは可逆ではなく、不可逆なものなのだ。

    文・髙木 蓮
    20年以上にわたり、サイン業界に身を置き、資機材メーカーのトップセールスマンとして活躍。日本を代表する製造業大手からの信頼も厚く、その人脈と知見をもとに、さまざまな新商品の開発にも携わる。

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