サインディスプレイ業界の旬な情報や小ネタについて、私なりの考えをまとめてきた本連載。今回は、とある打ち合わせの余談で出た話題に触れたいと思う。「今の業界は、若者が育っていない」「若者が減っている」という近年良く耳にする話だ。
まず、私がこういった話に対して思うのは、一昔前と現在の「土壌」を同じように考えてはならないという点だ。一昔前は、強いカリスマ性を持ち、相手に対して物を言えるような人が全国的に名を轟かせていた。現在、そういったタイプの若者はほとんどいないからという理由で、人が育ってない、小粒になっていると決め付けるのは違う。今は優秀な若者ほど、人当たりがすごく良く、とても仕事を精力的にするし、相手の意見を否定しない。一昔前のように、自分と異なる考えを否定するのではなく、逆にまずは受け入れようとする姿勢を大切にしている、と私は感じている。
その理由として、インターネットで情報を容易に入手できる点と、同業者間における横のつながりも大切になってきた点など、時代背景の変化が挙げられる。SNSを通して情報の収集や拡散が簡単にできる昨今、オープンな環境下で思ったことをそのまま言えば、すぐに揚げ足を取られたり、突っ込まれたりするのは想像に難くない。
それと、一昔前までは地方の看板屋は、自分のところの仕事さえ回していれば生計を立てられていた。しかし、昨今はマーケットも縮小傾向に陥り、皆で協力し合って仕事を回さないと先細りしていく。このため、横のつながりをより大切にするようになっている。その一方で、昔ながらの既得権益を守ろうとする力も作用し、業界のコミュニティは大きくなるどころか、複数の小さいもので分散されたままなのは歯痒い。
一昔前のように、自分が思ったことをそのまま言えば、誰に何を言われるか分からないし、そのツケとして仕事すら失うかもしれない。以前の勝ち組の共通点は「強さ」だったものの、現在では「寄り添う」に切り替わっている。つまり、優秀な人材が育っていないのではなく、見えにくい土壌に変わったのだと言える。少し逸れるが東京五輪の教訓からも、大阪万博の仕事はどこの誰が受注したのか見えにくくなるだろう。
一方でサイン業界の仕事は、営業職よりもデザインや設計職を好む今の若者にとって、本当は魅力的なはずではないだろうか。特に、記録ではなく記憶に残る仕事をしたいと考えるなど、QOLを大切にしている人からすれば、より一層だろう。そういった点を踏まえると、本来はもっと若者や女性が集まる業界でもおかしくない。IJPや加工機などの機材も、昔に比べればずいぶんと扱いやすくなった。昨今のデジタルサイネージで流行りの3Dコンテンツも、ほとんどは若者が手掛けている。それにも関わらず、なぜ業界は人材不足で悩まされるのだろうか。
それは、業界全体の傾向としてソフトではなく、ハードにかなり偏って重きを置いてきたからではなかろうか。看板の製作に当たって重要なのは、忠実に再現する一点であり、デフォルメなどはあってはならない、という意識が強い。それ故に、データは完全支給でもらうのが当たり前で、いかに優れたハードを製作するかのみに捉われている。例えばLED ビジョンも設置はしても、コンテンツ作成は領域外と考える人が多い。ずっと根強くハード重視で、その手前のソフトがないがしろにされたままなのだ。
異なる意味でも、労働環境の改善などソフト面の充実化は大切になる。3Kと揶揄されないようコンプライアンスを重視して、週休2日や有給休暇を取らせるのはもちろんで、取引先に呼ばれたからと土日も関係なしに働かせるのはもはや時代錯誤。そこを変えていかなければ、優秀な若者が入ってこないどころか、流出していく一方に陥る。
つまり、これらのソフト面を全体的に充実させていければ、私たち業界のクリエイティブな仕事は憧れの職業にもなれると思う。その裏付けとして、デザインや設計まで請け負う大手のサイン製作会社には、若者や女性が日に日に多く集まっているのは確かだ。「正確な図面でなくイメージさえ伝えてもらえれば、どこにも無いような看板をつくりますよ」「CIデータだけいただければウチでVIまで考えますよ」といった提案のできる企業が増えれば、まだまだ業界の将来展望は拓けていく。そして、もっと多くの若者の魅力となる仕事に変えられると、私は強く思う。
文・髙木 蓮
20年以上にわたり、サイン業界に身を置き、資機材メーカーのトップセールスマンとして活躍。日本を代表する製造業大手からの信頼も厚く、その人脈と知見をもとに、さまざまな新商品の開発にも携わる。