整理整頓の徹底で顧客の信頼を勝ち取る
社長に成ってまず始めたのが、整理整頓を徹底する取り組み。看板製作の現場では、安全ヘルメットをかぶらない、完成品をそのまま床に置いて踏み歩く、といった悪習が横行している。「看板業者には、安全意識が希薄で、マナーに無頓着のイメージが付いており、これをどうにか払拭(ふっしょく)したかった。その上で自社の独自性とは? を考えたときに、この業界では普通のことを普通にできるだけで差別化になると思い至った」。
製造業で用いられる経営手法「TPM(Total Productive Maintenance :全員参加の生産保全)」を採り入れ、コンサルタントを招き、5年がかりで社内の整理整頓や設備の改善などを図り、施主への日々の報告や納期の遵守などを徹底させていった。今でも、朝20分など業務時間の中で仕事の一環として、強制ではなく、社員が自主的に清掃を行っている。社内が清潔であれば、社長の目の届かない客先の現場も自ずとキレイになる。取引先の信頼を得ることにつながり、何より現場での事故を防ぐ安全性ももたらされる。
ITを武器に「売上追求」から「利益追求」へシフト
業容は順調に拡大し、社長就任時には2億円だった売上高が、一時は4億円にまで達した。沖縄の産業は、ゼネコンと観光で成り立っているとよくいわれるが、タムではゼネコンや広告代理店の下請けには極力入らない。かつて手形3000万円の仕事で、入金後数日で元請けの建設会社が倒産し、危うく不渡りになりそうな経験があったため、売り上げ向上だけではなく、利益率を上げる方法を模索した。
事業承継時に「かつて九州で倒産に遭い苦労した先代から、会社をつぶすな。そのために社員を大切にして、世の中の役に立つものをつくれ。それが企業の存続につながる」の一言を思い返し、会社の舵を売上追求から利益追求へと切るきっかけとなった。
「一時は会社を大きくしたいという野心を持ったこともあるが、今は先代の想いを受け止め、長く続けることに意義があると考えるようになった。売上を上げるには営業、製作、デザインと頭数が必要で、大量の仕事を受ければ質も低下し、社員にも過度な労働を負担させることになり、辞める人間が続出する」。看板製作は、製造業のように大量生産ではない。1品生産かつ完全受注型のビジネスモデルであり、生産性を上げるのが難しいとされる。
そこで伊藝氏が思い付いたのが、サイン業界における「デジタルトランスフォーメーション」。ビジネスやライフスタイルをあらゆる面でより良い方向に変化させるIT化だ。
タムでは、業界に先駆けて、10年前からクラウドタイプの管理ソフトを導入。それまで1人1人がExcelを使って書類を作成していた業務を一元管理して共有することで、事務作業の効率化を実現させた。現在では、営業マンも出先でモバイルPCからサーバにアクセスして、その場で見積書を作成できる環境を整え、これまでのようにいちいち会社に戻って書類作成をする時間と労力を削減した。現に子供の看病が必要な社員は、IT化の恩恵で、毎日出社する必要がなくなり、子供に付き添って看病しながら仕事をしている。