不燃塩ビのカラクリ、後編

前回は、塩ビ粘着のIJメディアにおける不燃認定の定義について、法令などを示しながらおさらいした。まとめると、不燃認定の試験をクリアするには、加熱開始後20分間にわたり、「総発熱量が8MJ/㎡」を上回ってはいけないことが、最大のポイント。しかし、他のプラスチックに比べると塩ビは燃えにくいため、そこに熱量が止まり、無機化合物の配合を高めるなどしないと、簡単に8MJ/㎡を超えてしまう、と触れた。そして、多くの人は、「不燃」という単語からは「燃えない」と連想するだろう。その考えだと、塩ビ粘着で不燃認定を取得するのは、容易いことではなくなるのだ。

では何故、国内市場に不燃認定を取得した塩ビ粘着が数多く出回っているのか。この疑問について、今回は筆者の見解を示したい。ここからは読みやすさを考慮し、表面のラミネート、インク、メディアを含め「不燃塩ビ」と表現する。私は、不燃塩ビに対する市場ニーズが高まった2010年頃から、さまざまなメディアメーカーの開発製品を見てきた。その過程で半端に燃えにくい塩ビ粘着が、ことごとく試験を通過できないさまも見聞きしている。そのようななか、メディアメーカーが舵を切ったのは、塩ビ粘着の薄膜化をはじめとする「焼失」なのだ。これは、あえて塩ビの熱量が8MJ/㎡に達する前に焼失させるという方法。着火してから試験規定の合格範囲で燃えるよう、構造や組成に工夫を凝らしたのである。

塩ビ粘着は、下地材にあたる不燃材料との組み合わせで不燃認定を取得しなければならない。前号で触れたとおり、「防火上有害な裏面までの亀裂及び穴がない」ことも試験判定の肝になる。とどのつまり、表面の塩ビ粘着が8MJ/㎡に達する前に焼失し、裏面の下地材は亀裂や穴を生じずに原形を止める。この方法で現行試験に対応しているわけだ。私の知る限り、これ以外で試験を通過するのは難しい。気になる読者は、メーカーに判定結果の資料や画像を直接問い合わせてもらいたい。焼失以外で、認定を取得しているメーカーがあれば素晴らしい取り組みであり、それは称賛されるべきだ。

筆者が強調したいのは、日本の法令で防火認定が義務付けられている以上、メーカーが開発努力を講じるのは自然の流れ。

建築基準法 第66条
防火地域内にある看板、広告塔、装飾塔その他これらに類する工作物で、建築物の屋上に設けるもの又は高さ三メートルをこえるものは、その主要な部分を不燃材料で造り、又はおおわなければならない。

それを「不燃なのに、燃えていいのか」と断じては、ナンセンスであろう。「類焼」を防ぐのが不燃認定であれば、法的にも正しい。では何故、これをテーマに私は筆を執ったのか。それは、倫理的な感情からなのだ。

時は遡り、2011年3月の東日本大震災で現地に赴いた私は、「人命を守る」という考えの重要性をまざまざと肌に感じ、製品開発に対する考え方が大きく変化した。近年は屋内にも関わらず、下地材すら異なる看板と壁装の区分が曖昧となり、看板用の不燃塩ビを多用する傾向にある※1。特に、クライアントの意向に関係なく、製作会社がリスクを嫌うばかりに、どこもかしこも不燃塩ビとするようなケースが、あまりに多いのではなかろうか。

防火認定を取得している以上、仮に塩ビメディアが燃えても、人体に甚大な影響を及ぼすことはないのかもしれない。とはいえ、塩ビ粘着を燃やすのだから、少なからずダイオキシンや刺激臭は発生する※2。それが、屋内の四方八方となれば状況は大きく異なり、その不燃塩ビが燃えやすい構造だとしたら、どうなるか。例えば火事の際に、目や鼻が効かなくなって逃げ遅れるという最悪の事態まで及ぼす。普段取り扱う材料の情報を、しっかりと把握していないと、思わぬ落とし穴にはまってしまう。

そんな普段は言えないことを、今晩もグラス片手にほろ酔い気分で随想してみた。

    文・髙木 蓮
    20年以上にわたり、サイン業界に身を置き、資機材メーカーのトップセールスマンとして活躍。日本を代表する製造業大手からの信頼も厚く、その人脈と知見をもとに、さまざまな新商品の開発にも携わる。

    • ※1 例えば壁紙の場合、屋外看板と異なり、せっこうボードなどの下地材との組み合わせで、それぞれ不燃性能を取得しなければならない
    • ※2 内装ではホルムアルデヒドなどのVOC(揮発性有機化合物)規制がある
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