独学での研鑽を経て業界団体で視野を広げる
クライアントの要望に応える形で広がっていった、サイン業界への道。しかし、出力やデザインと、取り付け工事では全く分野が異なる。またも、独学の日々が始まった。
例えば大きな野立て看板を受注したは良いが、鉄骨加工やビス・アンカーの使い方など、基礎の部分から分からない状態。近隣の看板屋に教えを請おうにも、未来のライバルを育てるわけにはいかないと相手にされず、Webや動画、専門書を漁って、何とか形にしていった。現場では朝から晩まで効率の悪い方法で穴を掘り続けてしまう日もあったという。
「正直、しんどかったですね。今だからこそ言える話ですが、知らないからこその施工ミスも多々ありました」。職人畑で育った人にとっては考えられない話でも、中山氏にとっては、貴重な失敗だった。ひとつひとつ乗り越えながら少しずつ研鑽を積み、経験という名の財産を築いていった。
そして、常識にとらわれないからこそ、発揮できるアイデアもある。高い場所でのタスクを、高所作業車や足場を使わずにできる、ロープ施工技術の活用だ。職人がハーネスを着用し、中空でロープにぶら下がった状態で作業する専門スキルで、もともとは橋梁の点検や木の伐採などで使われていた技術。身ひとつでどんな高所や狭い場所でも看板を取り付けられ、ローコストで提供できるのが特徴だ。サイン業界では、安全性に不安が残る、限られた道具しか持てないなどの理由から懐疑的な意見もあるものの、中山氏は他業界の専門家に直接教えを受け、他社にはない確固たる技術を習得。同社施工スタッフの全員が、ロープ作業に対応できるようになった。
中山氏は、そこまでしてでも決して外注には頼らなかった。自社でできる仕事の幅を自ら狭めてしまうと、直取引が減り、将来的に下請け依存となってしまい、事業の安定につながらないという考えからだ。積み上げてきた努力は、必ず実を結ぶ。現在では、サイン関連の業務がはんこ印刷業を逆転。全体売り上げの7割ほどを占めるにまでに業容を拡大させた。
着実にできる仕事の幅を増やし、堅調な推移を続けるなかで、次に中山氏が目を向けたのは、業界内での情報共有だった。「従業員が10人を超え、教育の重要性を感じ始めていた頃。同時に社員を雇う側の経営者としての在り方にも疑問を感じ、他企業の代表者と意見を交わしたいと思っていました」と振り返る。
2015年、知り合いから勧められたのをきっかけに、業界任意団体の「サインの森」に入会。その後は積極的に、同団体主催のサインスクールやセミナーへ社員ともども参加し、研鑽の一助にしている。「会社のなかでばかり働いていると、どうしても考え方が停滞してしまいます。サインの森の取り組みは、社員教育を中心に、経営者としても学べる貴重な機会を作ってくれるので、勉強になります」。社員にとっても、良い刺激になっているとほほ笑む。