1.木彫り看板には魂が宿る、木彫り看板職人

卓越した技により、印刷にはない生きた文字を刻む「木彫り看板」。半世紀にわたり「書」を追求する合資会社木と字の神林で、日々鍛錬に励む若き職人の看板との出会いを追った。

天職との出会い

墨がたくさんのった部分や強調したい箇所は深く、細く勢いがある線を表現したい時は浅く彫る。強弱、彫りの深さを変えることで、より字が生きたものとなる

東京都町田市つくし野の一角にある工房で、ノミの柄頭を槌で叩くリズミカルな音が響く。クランプで作業台に固定された板材と向き合い、書家の筆運びをなぞるように工具をふるうのは、木彫職人・樋口慧さんだ。「木製看板には魂が宿る。気持ちを込めて彫っていくことで彫師の個性が木材に刻まれる」。

書の筆運びや“かすれ”を彫りの強弱によって再現し、筆文字の温かみはもとより情緒さえも写し出す木彫り看板の世界。木の形状や一つひとつ異なる木目を生かした一点ものの作品は、いわば生きた芸術品のようだ。

樋口さんが木の看板に惚れ込み、木彫職人を志したのは、東日本大震災が発生した2011年3月。多くの人の生死を別けた未曾有の大災害は、真剣に「生きる道」を考えるきっかけになったという。

それ以前は、多摩美術大学造形表現学部を卒業した後、あざみ野駅(東急田園都市線)近くの焼き鳥屋でアルバイトをしながら、もともと好きなモノづくりを仕事にしたいと思いつつも、無為な日々を過ごしていた。

バイト生活に鬱々とした気持ちになり、仕事終わりにふと店を振り返った時、見慣れていたはずの木彫り看板を「いいな」と素直に思えた。ある日、「うちの看板を作った人が来ているよ」と店長から声をかけられた。その看板の彫師こそ、木と字の神林の社長・神林隆成さんだった。  

神林社長とはすぐに意気投合し、「工房へ遊びにこないか」と気さくに誘われた。樋口さんは工房に度々足を運ぶようになり、最初は職人たちの作業を見ているだけだったが、3カ月ほどたった頃から、徐々に仕事も手伝うようになったという。

最初に覚えたのは、やすりがけ。ノミや彫刻刀で彫った文字を紙やすりで整えていく。力を込めた指には血が滲んだが、複雑な形状の文字を美しく仕上げるには、均一な機械作業よりも繊細な手作業でなければ表現できない。

社長の兄である神林金哉会長やその夫人に見守られながら、やがて彩色や彫刻にも挑戦していった。その面白さに、樋口さんは自然とのめり込んでいった。バイトと掛け持ちしながらの修行の日々が続いた。

彩色の工程。下塗り後に文字の部分を細かいやすりで磨き、塗料を入れていく。マスキングはせず、全て手で淵を取りながら色を入れる

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